高校野球の対外試合解禁まで、約1カ月となりました。春季大会の組み合わせも今月には決まってきます。
 オフシーズンの間、本サイトでは過去のデータの拡充を進めています。優先して取り組んでいるのは「高校別」の過去の戦績で、まずは夏の選手権と春秋の九州大会(福岡大会)の戦績を高校別に閲覧できるようにしたいと思っています。福岡県高野連に加盟する全校の記録をアップするまでにはかなり時間がかかると思いますが、順次アップしていきたいと思いますのでご期待ください。

   さて、1月30日付の「学生野球資格回復に関する規則第4条による適性認定者」が、日本学生野球協会のウェブサイトに掲示されました。これは「プロ野球経験者が学生指導の資格を回復したことを認めた」ものです。
 これまでプロ野球経験者が高校野球や大学野球の指導者になるためには、教員免許を取得して2年間教壇に立つ必要がありました(学生野球資格回復に関する規則第2条による適性認定者)。このパターンで学生の指導資格を回復したのが、早鞘(山口)で2012年にセンバツ出場を果たして注目された大越基監督(元ダイエー)です。
 しかしこれでは時間がかかりすぎます。そこで2013年7月からスタートした新制度(第4条)では、プロ側(日本野球機構)とアマ側(同協会)の定める研修と書面による適性審査のみで短期間で資格を回復できるようになりました。資格回復者は指導を希望する都道府県高校野球連盟に通知。各連盟の高野連ウェブサイトに氏名がアップされ、指導を望む指導者がいれば各校から連盟を通じて依頼することになります。

 新たに1月30日付の認定者を加えて更新された福岡県高野連の登録指導者のうち、福岡の高校野球出身者を見てみましょう。

◇楠城 徹(小倉→早大→太平洋クラブ)
◇奥宮種男(九州工→サンケイ)
◇石井 裕(西南学院→ロッテ)
◇太田浩喜(筑紫丘→西武)
◇齋藤英雄(小倉工→近鉄)
◇千代丸亮彦(常磐→広島)
◇西村英嗣(柳川→中日)
◇流 敏晴(小倉商→阪急)

 このうち今日は、すでに監督として指導を行っている楠城徹、奥宮種男の両氏の横顔を見てみたいと思います。

【楠城徹】(小倉→早大→太平洋クラブ) ※現九州国際大付監督
 小倉高では昭和44年の全国選抜高校野球大会に捕手として出場しましたが、初戦で太田幸司投手のいた三沢(青森)に敗退。夏の選手権は県大会初戦(4回戦)で大濠に敗れて春夏連続出場は逃しました。早大で活躍後、昭和48年のドラフト会議で2位指名を受けた太平洋クラブに入団。2年目には捕手のレギュラーの座を掴みますが徐々に出場機会が減り、実働7年で現役引退。通算打率2割3分。
 西武や楽天で編成部長などを務め平成24年オフに楽天を退団した後、平成26年1月に学生野球資格を回復、若生正廣前監督の退任に伴って6月に九州国際大付への監督就任が発表され、昨年秋の大会から同校の指揮を執っています。

【奥宮種男】(九州工→サンケイ)※現東筑紫学園監督
 九州工時代は捕手として活躍。2年生だった昭和41年には選手権福岡大会ベスト4。翌42年も決勝まで進んだものの、当時第2次期の黄金期を迎えていた小倉工に敗れ、甲子園にはあと一歩届きませんでした。その年のドラフトでサンケイ(のちのヤクルト)から3位指名を受けて入団。
 サンケイでは大矢明彦の控え捕手として一軍に定着し昭和47年には45試合に出場しますが出場機会が減少。昭和52年にクラウンに移籍し、その年は52試合に出場するものの、昭和53年限りで現役引退しました。通算打率2割4厘。指導者としては、西武の一軍バッテリーコーチ、西武・阪神・日本ハムの二軍バッテリーコーチなどを経験。東筑紫学園の前監督が昨年10月、日本学生野球協会から2年の謹慎処分を受けたことで、その後任として就任しました。

 捕手出身の元プロ野球選手でコーチ経験のある二人。今後の活躍に注目したいと思います。