夏への現在地’26②【柳川】~名門復活へ〝人間形成〟からの再出発




21年ぶりの夏の甲子園へ
時田・小坪の2本柱で挑む

春夏あわせて16回の甲子園出場、多くのプロ野球選手を輩出してきた県下屈指の名門だ。最初の黄金期は福田精一監督に率いられた昭和40年代後半から50年代にかけてで、8年間で甲子園に6度出場。明治神宮大会でも優勝し、九州大会には13季連続で出場した。1995(平成7)年~2005年にかけては福田監督の教え子である末次秀樹監督(現・真颯館監督)のもと春夏6度甲子園へ。2000年には香月良太(近鉄~オリックス~巨人)を擁し春夏ともベスト8まで勝ち上がった。

時田主将は打っては4番、リリーフもこなす大黒柱。「今年の柳川は明るく元気なチーム。その先頭に立ち大きな声で皆を引っ張っていきたい」

その名門が2005年夏を最後に甲子園から遠ざかる。末次監督退任後は3人が監督を務めたが結果が残せず、2020年秋に福田門下生の一人である御所豊治コーチが監督に就任。翌年夏に15年ぶりのベスト8入りを果たすと23、24年夏も県大会に進出し、昨夏は3回戦で優勝候補の一角・福大大濠と延長タイブレークの激闘を繰り広げた。

その試合で中軸を担った小坪碧人、時田大夢(いずれも3年)が今年のチームの中心だ。小坪を1番、時田を4番に据え、バットコントロールに長けた安徳球児(3年)が2番でつなぎ役を務める。下位で走者をためて上位打線で還し、状況に応じて機動力も使える攻撃型のチームだ。

1年夏から出場し今年はエースを務める小坪。「ピンチでギアを上げて抑えるのが自分の持ち味。過去2回の夏は涙で終わったので今年こそ笑顔で終わりたい」

エースとしてマウンドにも上がる小坪は左腕から130キロ台後半の直球、切れ味鋭いカットボールを投げ、今春の福翔戦では17三振を奪って完封した。ただ、中2日で迎えた3回戦の八女学院戦では球のキレを欠いて打ち込まれ、スタミナに課題を残した。

小坪のリリーフ役は野手陣が務める。サードを守る時田は189センチの長身から130キロ台後半の直球を投げ込み、四死球も少ない。セカンドの安徳は右サイドハンドから直球にスライダーを交え、安定感がある。

夏はノーシードとして迎えるが潜在力を秘めており、虎視眈々と上位進出を狙っている。

選手勧誘は一切なし
グラウンド整備に心血注ぐ

1941(昭和16)年に柳河商業学校として創立された私立校。1980年に柳川商から現校名に変更し現在に至る。テニス部やダンス部も全国優勝の経験がある強豪だ。

平日は16時15分から練習がスタート。御所監督自らノックバットを握り、学校業務の合間を縫って岡田颯平副部長もグラウンドに立つ。ノック以外のメニューは時田主将の指示のもとで進められ、19時頃に全体練習が終了。そこからは屋内練習場も活用しての自主練習に入る。寮生が点呼を受ける21時30分が切り上げる目安だ。

黒土が入り、よく整備されたグラウンドで部員たちは汗を流す

部員は62名。制限なく受け入れてきた方針を改め、2024年からは1学年20人程度に絞り込んでいる。「部を強化していく段階に入ったため」というのがその理由だ。

御所監督は1978年、柳川商が明治神宮大会で優勝した時の遊撃手。卒業後は関東自動車工業(現トヨタ自動車東日本)~佐川急便でプレー。朝倉ドジャース(現朝倉ボーイズ)監督、祐誠のコーチを経て2012年に母校にコーチとして戻った

御所監督が母校のコーチに就任した2012年、グラウンド内外の手入れは行き届いておらず練習にも緊張感がなかった。かつてのように県外の強豪校から練習試合を申し込まれることもない。「柳川の野球部員としてのプライドを取り戻すところから始めた」。野球の技術以前に生活態度や練習環境を整えることの大切さを説き、先頭に立ってグラウンド整備やトイレ掃除をした。

部員たちがすぐに変わることはなかった。それでも根気強く言い続けた。今では「グラウンド整備は一番大事な練習メニュー」と部員は口をそろえる。吉村磨和副主将(3年)は「気持ちを込めて整備するとグラウンドに伝わり〝表情〟が生まれる」と笑顔を見せる。

整然とならされたグラウンドを見て、訪れた関係者は一様に驚く。「このグラウンドをうちの部員たちにも見せたい」。県内外から練習試合の申し込みが増えた。御所監督の指導方針を聞いた中学の指導者が、「ここなら子供が人間としても成長できる」とチームの主力選手を送り込んでくるようになった。御所監督の方針で選手勧誘は行っておらず、中学で実績のある選手は入ってこない。それがこれまで勝ち切れない一因でもあったが、勧誘をしなくても自然と力のある選手が入ってくるようになった。「部を強化する段階に入った」のは、そのためだ。




深い対話力で得る信頼
先取精神に富む戦術家

御所監督は寮監として週に5日、他部も含む寮生と過ごす。寮生活ではトラブルもある。そのときも当事者と正面から向き合い、懇々と事の是非を説く。相手を見て言うことを変えない。率先して行動し、レギュラーも控えも分け隔てなく接する。そんな表裏のない姿勢に部員たちも信頼を寄せる。

練習後1時間かけて整備し、翌日の昼休みにもう一度整える。初めて柳川を訪れた筆者の目にまず飛び込んできたのが、きめ細やかにほぐされた土の美しさだった

円滑なコミュニケーションにつながればと脳解析診断を採り入れ、同じ内容を伝える時も部員によって動画、言葉などを使い分けるなど先取性にも富む。筑後弁による親しみある語り口は人を引き付け、話の引き出しの多さも手伝って監督室は関係者の出入りが絶えない。

吉村副主将も昨夏からの主力選手。今年は5番に座る。「走者がいる時の方が打席で集中できる。勝負強さを発揮して勝利に貢献したい」

新入部員の保護者には毎年こう語りかける。「背番号がもらえなくてもレギュラーになれなくても、ニコッと笑って元気よく挨拶できる子が会社では重宝される。野球の結果だけにこだわるのはやめましょう」。実感が込められた言葉に保護者もうなづく。

もちろん勝負にも最善を尽くす。前年夏は福大大濠との対戦が決まってから徹底した対策を行い、あと一歩のところまで追い詰めた。「上位進出が確実視される有力校に対する戦い方は、すでに頭にある」と戦術家としての一面も見せる。

かつて黄金期を築いた福田、末次の両監督とはまた違ったアプローチで名門再建を推し進める監督のもと、人間形成にも真摯に取り組んできた選手たちがこの夏、復活への狼煙を上げようとしている。




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